“「漫画は20歳まで」と決めていた私の部屋に、NARUTOが全巻揃った。”
体験談
ふと点けたテレビでED「流星」が流れてきた。かわいらしい女の子たちをみて「絵の上手い人の漫画だ」と思いました。まだ「NARUTO」という名前を知っているくらい。家族がたまに借りて観ているのを一緒に眺めることも…。サスケ奪還編でチョウジとネジの戦いで泣いて泣いて見れなくなり、あとで二人が生きているのを確かめて安心したのを覚えています。 それから数年、なんとなくサスケが出て行き、ナルトとサクラちゃんが一緒になるのかと想像していた。最終回が近づき「世界的に人気のある作品だし、漫画だとバカにしないで読んでみるといいよ」と家族に勧められ読み進めるうちにどんどんと惹きこまれ、最終回が近づき映画が公開されると知る。「ナルトとヒナタが?」……それは見てみたい! 映画が終わっても「王道だな」と思いつつ、「もっと見たい」となり、映画「BORUTO」の予告に心躍らせる。漫画は20歳までと考えていた私の部屋にNARUTOが全巻揃いました。舞台のNARUTOにもハマって、どんどん好きになる。あのキャラの気持ちはどうだったんだろう?漫画とは違う角度から見えてくるものに夢中になりました。楽しかったー。「BORUTO」は何となく追っていました。 私が深いBORUTOの沼に落ちたのは、サラダの「あたしの最初で最後のわがままを…」とサスケにボルトを託すシーン。自分ではどうにもできない力のなさを悔しく思いながら、父親に懇願するサラダ。全世界を敵に回してもサラダを信じるサスケ。逆転した世界でカワキの気持ちを思いやるボルト。BORUTOの20巻は必読です!カワキの切なさ、一人ぼっちのカワキを助けようとするエイダ。どのキャラも誰かを大切に思っています。NARUTO、BORUTOの共通するのは真っすぐさ。その気持ちの良さに心惹かれます。一人で戦うボルトがどうカワキとの関係を「兄弟ケンカ」にするのか?最後まで見届けられたら嬉しいな。NARUTO・BORUTOという二つの作品は、私の心の器にピカピカとした宝物になりました。 リアルで落ち込んだり見たくないものを見たり、うんざりしていたこともありました。こんな世界なくてもいいとオビトのような気持ちになっていました。純粋なものなどない。現実を受け止めれば受け止めるほど自分には価値がない。NARUTOを読んで「こんな世界が存在していいんだ。まっすぐな思いを持ち続けていいんだ」と救われました。
特に好きなシーン・セリフ
チョウジVS次郎坊 チョウジを信じるシカマルとの友情にも泣いた。 小南VSトビ 捨て身の戦いに泣く。ラストの蛙の札が回転する美しいシーン。 たくさんありすぎる。
こんな作品が観てみたい
ボルトとネジの話を見てみたい。ネジからボルト。同じ「繋ぐ」ものの名前。 ナルトからボルト。一文字違いの息子の名前が生まれるなんて…すごい奇跡。 そもそも、なぜネジって名前だったんだろう。